中小企業政策は何のための、誰のための政策なのか?―― 零細企業の視点から問い直す

成長企業重視のような最近の中小企業政策。その陰でこぼれ落ちている価値とは? 制度のあり方を問い直します。


中小企業支援の「転換期」にある今

「中小企業政策」と聞けば、多くの方は地域の商店街、小規模製造業、飲食業など、地域経済を支える事業者への支援を想像するかもしれません。実際、そうした企業が日本の企業全体の99.7%を占め、雇用や暮らしのインフラとして大きな役割を果たしてきました。

ところが近年の政策動向を見ると、その前提が静かに揺らいでいるように感じます。

国の方針は、「革新性」「成長性」「海外展開力」を備えた企業への選択と集中へと大きくシフトしているのです。
岸田政権下で掲げられた「スタートアップ育成5か年計画」では、「ユニコーン企業100社の創出」を目標とし、経済産業省の「J-Startup」プログラムなどでも、成長を見込める企業への厚い支援が続いています。

一方で、従来型の中小零細企業、特に人手も資金も限られる零細事業者にとって、制度は年々“使いづらいもの”になってきているのが実態です。


成長企業に集中する国家戦略の構図

補助金制度にもその構図は色濃く現れています。

「事業再構築補助金」は、当初コロナ禍による経営危機に対応するものでしたが、現在では「成長枠」「グリーン成長枠」「グローバル市場枠」など、革新や拡張を前提としたものが主流になっています。

政策の方向性は明確です。

「日本経済の持続的成長を実現するため、資源は可能性ある企業に集中させるべき」

限られた予算の中で効果を最大化しようとする考えは、合理的とも言えるでしょう。
しかしその一方で、制度の外側に置かれてしまっている存在があることを、私たちは見落としてはいないでしょうか。


零細企業が感じる“使いづらさ”と制度からの疎外

地域の飲食店、地場建設業、家族経営のサービス業──こうした零細企業にとって、今の制度は「関係ないもの」になりつつあると感じています。

  • 「補助金の申請が難しすぎる」
  • 「要件に合わないから最初から諦めている」
  • 「制度を知るための情報も届かない」

といった声が各地で聞かれます。

制度設計の思想そのものが、「選ばれた企業」しか相手にしていない──そんな見えない分断”が、少しずつ広がっているように感じるのです。


反論と向き合う:政策は本当に「合理的」なのか

もちろん、こうした批判には以下のような反論が返ってくるでしょう。

①「限られた財源では選択と集中は当然」

その通りでしょう。すべての企業を無条件に支援することは不可能です。しかし、効率性を追求するあまり、支援の設計から「生活の現場」が抜け落ちていないかは問われるべきです。

②「零細企業の多くは生産性が低く、支援しても限界がある」

これも事実でしょう。ただし、「生産性」の物差しが金銭的なアウトプットだけに偏っていないかを考える必要はあるのではないでしょうか。
地域雇用、文化の継承、生活支援といった“見えにくい価値”の存在も見逃せません。

③「支援は地方自治体が担えばよい」

自治体の支援は重要ですし、事実、力を入れている自治体もあります。しかし、地域ごとの財政格差・制度格差があるのも現実です。国全体としての公平性をどう担保するかが問われます。


成長だけが価値か? 教育との類似構造

これは中小企業政策に限られた話ではありません。

教育政策でも、「高度人材育成」への投資が優先され、地域の基礎教育、職業訓練、非正規労働者のリスキリングといった分野への支援は後回しにされがちです。

「人材の成長が国益に寄与する」というロジックは理解できます。
ただしそれは、「国のために貢献できる人・組織にこそ予算を投じる」という思想と隣り合わせでもあります。

中小企業政策も同様に、「誰のための支援なのか」という問いが、いつしか「国家成長に貢献できる企業かどうか」という軸にすり替わってはいないでしょうか。


一人ひとりの生き方を支える制度に

かつて政府は「1億総活躍」というスローガンを掲げました。
しかし、現実の支援策が「選ばれた企業」「成長できる人」ばかりを対象としていれば、その理念とは真逆の分断を生むことになります。

たとえ大きな成長は見込めなくても、地域に根ざして日々の生活を支えている人々がいる。
法人化していなくても、税金を納め、誰かの役に立ち、家族を養っている人がいる。


「もう一つの価値軸」に目を向けるために

成長すること(あるいは大きくなることと表現したほうがよいでしょうか)が、すべてではないでしょう。

地域や日常に根ざした営みを静かに続ける人たちもいれば、規模の拡大ではなく、安定や持続を選ぶ事業者もいます。
劇的な変化やスピード感を求めるよりも、それぞれのやり方で地道に価値を届けようとする企業もあります。

そうした存在は、「成長」という尺度だけでは測れない、けれど確かに必要とされている価値を社会にもたらしているのではないでしょうか。

政策の中に、こうした多様な事業のあり方や価値観が、きちんと位置づけられているか。
拡大やスケールを志向しない選択をした人々が、制度の周縁に追いやられていないか。

その問いを忘れずにいたいと思うのです。


おわりに──制度を「問う」視点を忘れない

選ばれる企業だけが活躍すればよいのか?
成長だけが価値なのか?
スケールを目指さない事業者や、多様な働き方を選ぶ人々は、支援の対象外でいいのか?

これらは単なる政策論争ではなく、私たちがどんな社会を望むのかという価値観に関わる問いです。

ときどき思うのです。政治家はよく「国家・国民のため」と言いますが、彼らの価値観は「国家のため」の方を優先されるのだろうなと―。

政策を「評価する」ことと同じくらい、「問う」ことにも意味があります。
そしてその問いの先には、「制度の外側にこぼれ落ちている価値」に光を当てる可能性が広がっているのです。


中小企業政策の“見えない分断”を見つめなおし、もう一度、「誰のための制度なのか?」という問いに立ち返ってみました。

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