中小企業診断士の私が見たスモールM&A
——信頼と現実のあいだで進める“小さな買収”
中小企業のM&Aに、派手な駆け引きはない。
机上の理屈よりも、現場の息づかいと、経営者同士の腹の探り合い。
私が関わったある案件も、まさにそんな一つだった。
展示会会社とデザイン会社の出会い
相談を受けたのは、展示会やイベントを企画・運営するA社だった。
資本金1,000万円、売上5億円。年度によって利益は上下するが、借入金はなく堅実な会社だ。
社長は五十代半ば。
「仕事は取れているのに、外注費ばかり増えて、利益が残らないんです」と言う。
自社で制作機能を持てば、もっと柔軟に動ける。
そう考え、紹介を受けたのがデザイン制作会社B社だった。
創業20年、社員7名。売上は5,000万円、純資産1,500万円。
今期は大口顧客を失って赤字見込みだが、新しい事業への動きも見られた。
帳簿上の数字より、社の雰囲気に活気があった。
数字よりも、人の“温度”を見る
最初の面談で、A社社長はB社の代表と二時間、真っ直ぐに語り合った。
「この人たちとは、腹を割ってやっていけそうだ」——その一言がすべてだった。
中小企業のM&Aは、結局“人”で決まる。
どれだけデューデリジェンス(詳細調査)を行っても、経営者同士の信頼がなければ成り立たない。
書類の整合性より、約束を守る力。誠実に向き合う覚悟。
それを見抜けるかどうかが、成功の鍵である。
実態純資産で評価する「正直な取引」
今回の買収価格は、将来の利益を織り込まない「実態純資産方式」で決めた。
DCF(割引キャッシュフロー)などの手法を持ち込むと、どうしても主観が入る。
スモールM&Aでは、いまあるものを正しく見る方がよほど健全だ。
過度な期待値を排し、現状の資産と負債をそのまま評価する。
この“正直さ”が、双方の信頼を深めた。
専門家のデューデリジェンスを否定しない
もちろん、本来であれば専門家による企業価値算定や詳細なデューデリジェンスを行うべきである。
それを軽視してよいという話ではない。
ただ、取引金額が数千万円規模の中小M&Aでは、コストが重すぎて現実的でない場合も多い。
大事なのは、どこまでを自分たちで確認し、どこからを専門家に任せるかを見極めることだ。
専門家の目は安全装置であり、すべてを任せるのではなく“要所に入れる”ことが肝心である。
外部専門家は“必要最小限”に絞る
A社は仲介業者を入れず、税理士に財務確認を依頼し、契約書の最終チェックだけ弁護士にスポットで依頼した。
登記関係は司法書士に限定。
この分業で、費用は通常の三分の一程度に抑えられた。
それでもリスクは抑えられていたと思う。
なぜなら、A社の社長が自ら動き、帳簿を読み、取引先と面談し、社員とも話をしたからだ。
専門家の知見に頼りつつも、自分の目と足で確かめる姿勢。
これが何よりの「現場デューデリジェンス」だった。
専門家に任せすぎると、“肌感覚”が得られない。
経営の実態を知るには、自分で数字と人の両方を見に行くことが重要である。
完璧を求めない勇気と、誠実に向き合う覚悟
M&Aに“完璧”を求めると、話は止まる。
中小企業には、どこかしら曖昧な部分があるものだ。
大切なのは、致命的なリスクを見逃さないこと、
そして、問題が起きたときに誠実に対処できる関係を築くことである。
A社とB社は契約後、静かに統合作業を進めた。
B社のデザイナーたちはA社の企画案件を手がけ、社内に新しい風が吹いた。
外注頼みだった体制が変わり、営業の幅も広がった。
社長は笑って言った。「あのとき、勇気を出してよかった」と。
中小企業にとっての“現実的なM&A”
中小企業のM&Aに、万能の正解はない。
専門家による精緻な調査が有効な場面もあれば、費用負担を考え、必要最低限に留める方が賢明なこともある。
重要なのは、本来の目的を見失わないことだ。
目的は、M&Aを成立させることではなく、会社をよりよくすること。
そのために、数字と信頼、理屈と情を両立させていく。
派手さはないが、そこには確かな人間の温度がある。
私は、そんなスモールM&Aこそが、中小企業の未来を静かに支えていくと信じている。
※本記事は実名がわからないよう、再構成したものです。
✅まとめ:スモールM&Aで大切なこと
- 完璧な調査より「信頼できる相手」を見極める
- 財務・法務の要点は専門家に限定委託する
- 自分の目と足で現場を確かめる
- リスクをゼロにせず、誠実に向き合う覚悟を持つ
